Plasticity
誰も見向きもしないモノを誰もが振り返る製品へ
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ビニール傘の不遇な運命
日本では不思議な現象が時折起こる。財布は落としても自分の手元に戻ってくる可能性が高いのに、ビニール傘はちょっと手元を離れた隙に結構な頻度で盗難に遭ってしまう。自分なりに理由を考えてみた。財布は無くなったら困るだろうけど、ビニール傘は気軽に買い直せるというお気軽感。また『どこにでもある同じような形状のもの』なので盗んで使ってもバレないという安心感。これらと、日本人の多くが持っている『みんなと一緒だと安心する』という同調行動が見事にマイナスに働いた結果なのではないか? 日本で生まれたビニール傘は日本ではその存在価値が過小評価されている残念な道具だ。
実際に数字で見てみても、ビニール傘を処分するタイミングとして、23%が外出中の盗難、19.2%が家に溜まって捨てる、24.6%が外出中に不要になり置いてくる(または捨てる)と、なんとも不遇な扱いをされている(Asmarq 調べ)。
国内で年間に消費される傘は推計で1億2,000~3,000万本程度(日本洋傘振興協議会 調べ)。具体的な調査結果などは見つけることができなかったが、このうち5,000万本から8,000万本程度がビニール傘と言われている。
Plasticity 誕生
齊藤さんは家族の一員として一緒に暮らしていたペットの死をきっかけに衣食住において動物性の素材を使ったもの使用に抵抗を覚えるようになったという。しかし一消費者として、特にアパレル好きだった彼女にとっては選べるオプションが少なすぎた。「それならば自分で作ってしまおう」というのが始まりだった。
最初は動物性の素材でなければなんでも良いという考えだったのだが、ありきたりな『エコ』な素材は使いたくないという思いがあった。そんな時ニュースで大量に国外で破棄されるビニール傘の映像を見て「自分たちの問題を他人になすりつけている」とゾッとしたという。同時に、この廃棄されていく傘を素材として使えないかと思い立った。これらの体験とアイデアが重なり、当時通っていた専門学生の友人と立ち上げたのが Plasticity だ。Plasticity という単語はプラスチックの特性を表す言葉で『可塑性(かそせい)』『適応性』『柔軟さ』といった意味がありビニール傘を別の形に柔軟に変化させる、資源を無駄にしない環境への適応性。そこから転じて Plasticity を通して『人々の考え方を変える』という意味合いも持たせた。
身の回りに起きた不幸な出来事やいい気持ちのしないニュースといったネガティブな要素をポジティブに変換した齊藤さん自身の『可塑性』『適応性』『柔軟さ』によって Plasticity は誕生したのだ。
新素材『GLASS RAIN』がもたらす 唯一無二のデザイン
Plasticity はまず独特の風合いを持つ新素材を生み出した。全国各地の駅や商業施設で置き去られたビニール傘を回収。それらが埼玉県の工場で一つ一つ手作業で分解、洗浄される。丁寧に分解されるため、Plasticity では使われない金属パーツ部分は別のリサイクル業者の手にわたる。本来丸ごと破棄されてしまうビニール傘がほとんど綺麗にリサイクルされる仕組みを作り出した。
分解されたビニール部分は栃木県の工場に送られプレス加工される。このプレス加工も1枚1枚確認しながらの手作業だ。このように手間と時間をかけて丁寧に作られた新素材は、個体ごとに異なる表情を持つようになり革製品や木製のアンティーク家具のように、同じ Plasticity のトートバッグでも全く同じ製品は存在しない。この新素材は、その独特の風合いが雨の日に窓ガラスに流れる水滴に似ていることに由来して、GLASS RAIN と名付けられた。
ビジュアル、質感、すべてが個性的
現在 Plasticity のほとんどの製品は GLASS RAIN を使って作られている。仕上げは都内の縫製工場で行われるのだが、生地の状態によって厚みや硬さが異なる GLASS RAIN はここでも丁寧に一つ一つ縫製されている。
GLASS RAIN は独特のビジュアルと手触りからそれだけで注目度の高い面白い素材だが、GLASS RAIN のメインカラーであろう Clear は、直接ものを入れるとちょっとモザイクがかかったような程度の絶妙な透け感を持っている。この半透明を利用して、好きな色の下地を敷いたりすればオリジナルカラーの完成だし、大きめのバッグなら洒落たレコードジャケットなんかを入れておくのもいいかもしれない。BlueBoat 編集部スタッフがしばらく Plasticity のサコッシュを身につけて出かけた結果、行く先々でバッグについて声をかけられたという。GLASS RAIN はそれくらい個性的で魅力的な素材だ。「絶対中身が透けるのなんて嫌だ!」という人には不透明なラインアップも用意されている。ビニール製なので突然の雨で鞄が濡れてしまってもサッと拭くだけでOKだ。
こういった特徴を利用して GLASS RAIN はファッション以外への可能性も秘めている。六本木にあるレンタルオフィス Kant. では看板の素材として採用された。齊藤さんは Plasticity はバッグブランドといいう枠を超えていく必要があると考えており、いずれは日常的に目にするものに GLASS RAIN が使われる日が来るのかもしれない。
2030年のPlasticity
Plasticity は「10年後になくなるべきブランド」というコンセプトを掲げている。現在の商品ラインアップの素材となっている廃棄傘が自分たちの活動を通して10年後には手に入らない素材になっていることを目指している。
「環境保護のためにプラスチック製品を減らすべきだ」と法整備が進んだ結果、ゴミ焼却時に燃料として使われていたプラスチックが不足してしまい、別途燃料を輸入する必要が出てきてしまったり、プラスチックはガソリンなどを作った時に出る余った素材から作られるため、製造時の原材料調達という観点から見ると実は資源を無駄にしない合理的な素材という認識もあったりする。日本ではプラスチックのリサイクル率が 84% で、そのうちの 57% がサーマルリサイクル(熱エネルギーとして再利用)なのだが(経済産業省 資源エネルギー庁 カーボンニュートラルで環境にやさしいプラスチックを目指して(前編) 調べ)、サーマルリサイクルはリサイクルではないという認識が広がりつつあるなど、あげればキリがないほどプラスチックの抱える環境問題やその考え方はとても流動的に変化している。
モノの良し悪しが目まぐるしく変化していく中でそれらに対応すべく、その時代に合わせて 「可塑性」「適応性」「柔軟さ」を持って新しいプロジェクトへと進化していく。既出の看板のような分野でさらに発展してくのか、プラスチックですらない全く新しい素材が生み出されるのかもしれない。『10年後になくなるべきブランド』というコピーは、もしかしたら『10年後に姿を変えているブランド』というのが正しいのではないだろうか? 誰にも見向きもされなくなった忘れ去られたビニール傘を誰もが振り返る魅力的なバッグに変化させた Plasticity は、自らの変化を見据えながら『物事の価値は一つのアイデアで180度変化してしまうことがる』ということを改めて教えてくれている。
- 文章 : 渡辺俊吾
取材 : 玉村浩一 取材協力 : Plasticity
https://plasticity.co.jp