Zuppa
迷わず履けよ! 履けばわかるさ!
INDEX
気軽にポンっと履ける、サステナブル
新しい靴は気持ちがいいし、たいして用事もないのに出かけたくなる。それが気軽に履けるスリッポンだったら尚更だ。玄関に靴が並べられていたとき、ついつい履きやすいスリッポンを選んでしまうという人も多いだろう。近所のコンビニに行くときは踵を潰して履いてもいいし、ちょっと遠出するときにも活躍できて、何足もっていても困らない。
一方で、靴が及ぼす環境への影響も問題になってきている。さまざまな統計を見てみると日本人の平均的な靴の購入数は年間でおおよそ1足から3足程度らしい。靴の購買意欲が高いであろう18歳から55歳の人口は、総務省統計局によると 5千6百万人。これらの人々が年間2足の靴を買ったとすると、日本だけで実に1.12億足もの靴が消費されていることになる。
靴に使われる素材から、廃棄された靴の処分方法まで、靴業界が抱える環境問題は多岐にわたる。アパレル業界に長く身を置き、ファストファッションに疑問を抱き続けてきた石黒さんたちが立ち上げたシューズブランドStanclanはこれらの問題に積極的に取り組んでいく。
ファストファッションから抜け出す
『流行のファッションを低価格で』という魔法の言葉で瞬く間に世界に広まったファストファッション。その裏では過酷な労働環境が問題になっている。ウイグル問題などは記憶に新しいところだろう。また、大量生産の末に使い捨てにされた廃棄物による環境破壊も深刻化している。2000年から、ファストファッションという言葉が生まれた2000年代中頃を経て現在に至るまでに、世界の衣料品の生産量がほぼ倍増していると言われており、それに伴い破棄される衣料品も爆発的に増加している。
さらに低価格で物を提供しようとするあまり、クリエイターにとっても望ましくない環境が作られていた。『早く』『安く』を追求した結果、クリエイティブな作業に時間をかけられなくなり、結果として『どこかで見たことがあるモノ』ばかりが生み出される状況に陥っていた。
「新卒からずっとアパレルに従事してきましたが、アパレルの一般的なものづくりは、まず値段があり、その範囲内で素材を選定するという順序で作られていくんですよね。でも僕たちは、もっとモノにフォーカスしてより良いモノを作っていきたい。」この想いに突き動かされてStanclanは誕生した。
2020年、学生時代の友人とともに設立されたStanclanは、第1弾製品となるZuppaのリリースに向けて開発を進めていた。その中でファッション業界に身を置く者として無視できないキーワードがあることに気づいた。ファストファッションという激流の中で無視され続けてきた『サステナブル』という言葉だ。
靴と環境と人の権利と
靴にはさまざまな素材が使われており、製造工程から破棄されるまでに環境に及ぼす影響は少なくない。
天然皮革は多くの場合、食用の家畜から取られており『いただいた命を余すことなく使う』という点においては優れた素材と言える。しかし、畜産農業が及ぼす環境への影響が問題視されており、温室効果ガスの排出量や家畜を飼育するための森林伐採などはすでに何年も前から見過ごすことのできないレベルに達している。
コットンは、綿100%と言われると随分サステナブルな印象を受けるが、実は環境に与える影響は大きい。綿花の栽培で大量に水が消費される上に、コットンの生産地の多くが水不足に悩まされている地域だからだ。また、使用される農薬の多さはどの作物よりも多い。6歳から1日80円で働き続け、農薬の影響で16歳で亡くなってしまった子どもの例や、インドのコットン種子生産地域の約90%を占める4州に約40万人の子どもたちが働いているなど、児童労働も問題になっている。
ソールなどに使われている天然ゴムや合成ゴムの使用量は年々増加しており、ゴム農園拡大のために行われた森林伐採によって、特に東南アジアでは生息地を追われた希少種が絶滅の危機に瀕している。さらに摩耗した細かいゴムの破片はマイクロプラスチックとして海に流出している。
靴にはさまざまな種類の接着剤が使われており、物によってはトルエン、キシロールといった化合物が含まれたものもある。これらは不妊、中枢神経系の障害、シックハウス症候群といった症状を引き起こす、人体に害のある化合物として知られている。
これらの素材が靴として生まれ変わっていくわけだが、その過程では過酷な労働環境も問題になっている。カンボジアの国家社会保障基金(NSSF)によると、2015年には32の靴工場において1,806人の卒倒事故があった。また、2016年には1つの工場でわずか3日の間に360人の卒倒事故が起きた。これらの事故には、人間が自力で体調管理をすることが困難になる摂氏37度という室内温度で換気も不十分という劣悪な労働環境に加え、食料や水の補給が十分行われていないという奴隷のような環境下で長時間労働が行われているという背景がある。
Zuppaのサステナブルな取り組み
天然皮革であるスエード自体は先にも述べた通り、一概に悪とは言い切れない。入手経路などが確認できる製品であればほとんどの問題はクリアできるだろう。ただし、Zuppa はこの素材に対してさらにサステナブルな志向を一歩進めて、東レのウルトラスエードを採用した。ウルトラスエードはリサイクルPETや植物由来PETを使用した人工皮革だ。人工皮革ならではの高い耐久性や、本革に匹敵する滑らかな触り心地を持ち、世界中から高い評価を受けている。
キャンバス地には倉敷帆布が使用されている。コットン生産が抱えている環境問題や児童労働問題は、国産帆布の7割を生産する倉敷帆布の製品を使うことでクリアしている。国内で1888年から130年以上続く歴史あるキャンバス地は丈夫でしなやかな品質を誇る。
カップインソールはアメリカを本拠地とするBloom社が開発した製品を採用。同社は、人間の活動による大気汚染と水質汚染を軽減するために再生可能な資源を生み出し、健全な生態系を再生・維持させることを目的とした製品開発を行う企業だ。Bloom社が生産している藻を原料としたインソールはさまざまな企業で採用実績があり、これまでに10億8千万リットル以上の水を浄化し 6億8千万立方メートルの空気を浄化した。
Stanclanの取り組みは素材選びだけにとどまらない。Zuppaはサイズ交換が送料も含めて無料で行える。すなわち、自分に合ったものが見つけやすくなるということだ。自分に合ったものであれば長く使えるし、長く使うということはそれだけ破棄される靴の量を減らせるということに繋がる。また、靴はサイズが多く在庫管理が難しいため、無駄な生産を極力避けて在庫をうまく活用しながら販売していく方法を模索中とのことで、生産から販売までの環境負荷にもしっかりと配慮している。
合理的で美しく、普遍的なZuppaのデザイン
これまで環境/人権問題に対する取り組みを紹介してきたが、実際のところZuppa の最大の魅力は、そのデザインにあると言えるだろう。型から入念にデザインされたヴァルカナイズドスリッポンは「パッと見普通のスリッポンなんだけど何かが違う」と思わせる、しなやかな履き心地とシャープなシルエットを持っている。
それを覆う30種類以上ある豊富なカラーバリエーションはウルトラスエードであれ倉敷帆布であれ、Zuppaのために特別に染色されたものではなく、どちらも既存のカラーバリエーションの中から選定されている。クリエイターとして、自分が作りたいモノを0から作るのではなく、すでに存在する生地を使って魅力を最大化している。おそらく Zuppa のラインナップを見た人で、これは元からある色だよねと気付けるのは東レと倉敷帆布の関係者のみであろう。それくらい既製品のカラーがZuppaのカラーとして成立している。スリッポンとしては珍しくアッパーとソールが同系色のモデルが数種類リリースされているが、BlueBoat編集部ではこの同系色モデルが人気だ。
機能面でもそのデザイン力は発揮されている。「元々ローテクのスニーカーが好きで」という石黒さんは、子どもを抱えながらでも履ける靴、子育てでバタバタした玄関でも踵を潰してさっと履けるスリッポンの機能に着目した。多くのスリッポンは『踵の生地が薄いからなんとなく潰せる』『そもそも潰す前提じゃない』というものも見受けられるが、Zuppa には『踵を潰すための機能』が組み込まれている。踵部分にステッチが入っていて踵を潰したときにそのステッチに沿って綺麗に生地が折り込まれるようになっており、この切り込みが Zuppa の特徴的なデザインにもなっている。
Zuppa という名前にも踵を潰す前提である想いが込められている。『ズッパ』は石黒さんの地元で『踵を潰して靴を履くこと』を意味した方言で、子どもがよく親に叱られるときに使われていた言葉だそうだ。子どもの頃はみんな、靴をきちんと履くことよりも1秒でも早く遊びに行くことが優先されていた。大人になるにつれて体裁を気にしてやりたいことをやれないでいる、そういう物事に対して、『もっとあの頃みたいに気楽に行こうよ』という意味を込めて、Zuppa という名称が付けられた。石黒さんの幼少期から親になるまでの人生経験がプロダクトデザインとして詰め込まれたのが Zuppa なのである。
Easy wear, easy go!
サステナブルのことなんて右も左もわからないという状態からStanclanはZuppaでその第一歩を軽快に踏み出した。地球の温暖化を抑制し、水位の上昇を阻止し、水や空気を正常化し、生態系を維持し、絶滅危惧種を救い、人間の尊厳を守る。SDGsや環境保護団体などが掲げているのはそんな途方もない目標だ。多くの人が尻込みしてしまうことだろう。だがStanclanは間違いなくその一歩を踏み出したのだ。「Easy wear, easy go.(気軽に履いて、気楽に行け)」のブランドコンセプトの通り、気軽に、スリッポンで。
正直なところ、サステナブルフットウェアと言う観点からのみ見た場合、まだ未完成な部分もある。だが、そのデザインや設計思想、ブランドとしての意識の高さは、Zuppa の最初のリリースから程なくしてアップデートが行われていることからも明らかだ。おそらく今後もアップデートは繰り返されていくのだろう。彼らが考えている流通に関する取り組みも含めて、今後もStanclanには注目していきたい。製品の品質やデザイン、サステイナブルに対する石黒さんの思いは強い。「僕らがやれるところから取り入れていく」。
- 文章 : 渡辺俊吾
取材 : 玉村浩一 取材協力 : Stanclan
https://stanclan.jp